時衆と時宗

 

■時衆と時宗

時宗は日本浄土教系の宗派であるが、古くは時衆と書いた。
時衆の呼び名については、一遍の思想に共鳴しその信者になった人びとは、一遍に随逐すると否とにかかわらず、すべて時衆と呼ばれた。
宗派としての時衆については幾つかの説がある。一つは唐僧善導の著わした「観無量寿経疏」にある「道俗時衆等」の語に基づくといぅ説である…二つには、時衆は一日を六時に分けて別時念仏を修するので六時衆に由来するといぅ説。その三は時衆の教義から、臨終即平成、平成即臨終、つまり人間が極楽浄土に往生できるかどうかは臨終のときに決まるもので、それには平常の時をいつも臨終の時と考えてひたすら念仏を続けよう、から時衆となったといぅ説である。
江戸時代に入り、幕府の宗教統制によって時衆は時宗と改められた。
時宗諸派は明治初年に合流し、藤沢山清浄光寺が時宗の総本山となっている。
一般に遊行寺とよばれている。